研究と開発

N0-51[精素学]   期    待

羨望と期待、人間欲の固まりで、物事に期待を掛けない人は一人として居ない。その反面動物には期待というのは存在しない。あるとしたら食べ物ぐらいである。では何故人間は期待を持ち、希望を持つのだろうか?その理由は只ーつ頭が良いからである。では頭の良い人は皆、期待と希望を持つのか?そうでもない。本当に頭の良い人は希望も期待も持たないのである。つまり、期待と望みを持つ人間はまだその頭が熟していないからだ。子供は物を欲しがり珍しい物に殆ど興味を持つ。だが大人になると子供時代の興味はなくなり、今度は高等な興味を持つのである。この時点から人間はあらゆる趣味と欲に走るのである。そこで始まったのが権欲、名誉欲、物欲、金欲等である。即ち趣味が欲を呼んだと言っても過言ではない。お金儲けの趣味から物欲に走り、物欲は権欲を生み、物欲、権欲から負けた者は名誉欲に走り、名欲は権力と対立して戦争を起こし、そこから出た趣味によって殺人兵器を製造、核に至ったのである。してみると核兵器を作っているのは核戦争を起こすつもりでなく、兵器狂乱者たちが面白半分に作っていることになる。つまりアメリカで変わった兵器が出たら、ソ連はそれに対抗するものを作り出し、ソ連が特殊な核を作り出すとアメリカもこれに負けじと新たな核を作り出す。現在東西南北、各国が核を保有するのは核戦争を起こすつもりでなく、科学者たちの兵器欲が政府に働き掛け、製造するものにすぎない。しかしその核が趣味と平和にだけ役立つのだろうか?各家庭には少なくとも一、二の包丁がある。勿論料理をする為備えたものだが、いざ喧嘩になるとその包丁で人を刺し殺す場合もある。核もこれと同様で強い国は初めから核は使わない。だが戦に破れた国は核を使うのである。そして地球上は核戦争で滅びる。人間は核に対抗し、核戦争が起こらない事を期待する。だが果たしてその期待は報われるだろうか?期待というのは人間が持っている特有なものであって、動植物は全てのものに対して期待を持っていない。人間は動植物が馬鹿だからと思うが、実は期待をする人間が馬鹿なのである。即ち地球が平和であるのも戦争で滅びるのも、これ皆人間の仕業によるのでなく、その様に成る時が来れば成るので、その成り行きを止めることは出来ない。結論として期待を持つのは馬鹿がすることであり、期持を持たず生きるのが賢明なのである。

著 力 抜 山