NO-147[精素学] 考えと考え方
全ての生物は考えと考え方をもって生きている。考えというのは己を意識し、敵から守り生きて行くのに対し、環境に適用させ、食べ物を中心とした考えそして子孫を殖やすことに必死だ。薔薇の花が美しく咲くのは子孫を殖やすための手段で有り、刺を生やしているのは敵から身を守る為である。草や木もこのような考えをしているのだが考え方は下手で水が無ければ水が有る所へ移動するだけの知恵、暑くても寒くてもその場を移動する知恵も無いもの。だが動物はちゃんとそのような考え方があって、雨が降れば雨宿りをし、寒ければ体を温める場所を選ぶ。だが人間は考え方がずるく、弱者をいじめ奴隷にし、欲しいものがあれば旨い話を持ちかけ自分のものにする。それでも不満の場合は財力と権力をもって支配をする。その反面、考えも無ければ考え方もない唯の思いを持っているものもいる。無生命体生物そのものだ、無生命体生物は考えるものでもなければ、考えているものでもない、唯漠然と成り行きのまま生きている。これが一つの単細胞組織である。細胞組織は二通りあって有生命体細胞組織と、無生命体細胞組織がある、有生命体細胞組織は子孫を殖やしながら生きてゆき、生物の中で進化をしているのだが。無生命体細胞組織は子孫と進化には関係無く自然に現われ自然に消えていく中で組織されているものである。人間も最初は無生命体生物から現われたものでコケ、バクテリア、等であった。即ち、人間の祖先は無生命体生物になる訳だ。無生命体生物から有生命体生物が誕生して進化し動物になり、人間になったのである。そこで考えもなく唯思いだけを持っているものがいる。それが物質を作り上げた粒子である。粒子はお互いに思いだけの働きでぶっつき生きている事になる。お互いに密着して離れようとはしない団結力て外敵を防ぎ続けている訳だ。岩石、鉄,全ての固体は皆自己防衛の為結束しているだけである。離れれば死に結束すれば生きるという法則を徹底的に固守して生きている。これらの粒子は推子を出してお互いに抱き合っているが厳密に言えば推子が粒子を造って結ばれているのだ。そのような訳で、宇宙全てのものは外部からの敵から自らの身を守ることに必死である。自らの身を守る意志を持っているものは皆生きている証拠なのだ。生きているそのものは唯の思いと考えと考え方だけが異なっているだけのものである。
著 力 抜 山