研究と開発

■N0-5[精素学]     精気の実体

宇宙の真相は、見える力と見えない力の働きで生成された。見える宇宙があれば見えない宇宙があり、見えるエネルギーがあれば見えないエネルギ一があり、見える粒子があれば見えない粒子がある。見える体があれば見えない心があり、見える自分があれば見えない自分がある。見える自分は分かるが見えない自分は分からない。その見えない自分が、精気生命体なのである。物質の構成は、推子の働きによって成立するので、それぞれの推子は互いに結束し形を作り、自分たちの体を守る為に、あらゆる智恵を絞って活動する。それが見えない自分という存在である。我々はあまりにも鈍感で、自分以外の存在の巧妙さを知らず、他人の心さえも知らないのが人間ではないか?何もかも自己本意で考え、自己流で解決しようとするのが人間の本能である。何故人間は自分以外のものに対して知らないのだろうか?その欠点は記憶子のパワーからである。記憶子はあくまでも自己本意で、記憶されたもの以外は認めようとしないので、人の心も宇宙も理解できないのである。しかし、コントロール神経が、記憶子を越えた所で働くことが出来れば遺伝記憶に反応するので、遺伝記憶と記憶子と同時にミックスされ、天才、秀才になるのである。更に遺伝記憶を越えた所に反応すれば、見えない他人を見ることができ、見えない宇宙まで知ることができる。つまりコントロール神経が右脳に反応するので、この時点からあらゆる精気生命体に通じることができる。そしてもう一つの自分を完全に把握することが出来るのである。昔の人は、この現象を霊または魂、神として崇拝したのである。人間の生き方には二通りあって、体と体で生きる、精気体と精気体て生きるものがある。体対体で生きる人は、物欲、権欲、名欲で一生を柊え、精気体対精気体で生きる人は、宇宙対自然での生き方をするのである。これを別のの形で説明すると、体で生きる人は全てを有限的に解釈し、精気で生きる人は無限で解択する。つまり有限で生きる人は、自分の一生は一度しかないと思い、無限で生きる人は、自分は永遠に居ると思うのである。自分の一生は一度だけだと思うのは、記憶意識の働きであり、永遠にいると思う人は、遺伝意識からのものである。その反面自分も他人もない、生物も物質も皆一つであると思われて生きる人は、精気生命体のパワー意識から生きている人である。

著 力 抜 山