研究と開発

■NO-46[精素学] 心 の 次 元

体から心が現れ、心から体が動く。心と体これは陰陽の働きで造られ、陰陽の組織で進化していくのである。体の陰陽と心の陰陽、体が発展してい〈のを変体次元といい、心が発展していくのを革心次元という。体と心は一つのものであるが、外部の刺激を受けた時は二つに分かれ体と心の働きが違って行くのである。そして体と心は相対性をなし目的を果たすのだ。体は陰に属するのであれば、心は陽に属するのである。そして人間は体で生きるか心で生きるかによって人格が異なるのだ。つまり体は陰である以上陰気なものを要求し、心は陽であるので陽気なものを要求する。即ち心を多く使う人は体が清く、体の欲求どうりに従う人は心も濁っている傾向がある。心が変われば体も変わり、体が変われば心も変わる。例えば、貴方が貧乏時代の心と金持時代の心とは大きな差があるものだ。心を慎み、心を鍛え、心の修業、名誉を重んじた生き方をすれば、それに従って体も変わっていく。心は体に命じ、体は心を生む。体と心は相協力して身を守っている。しかし、守るだけでなく、攻めることを覚えたのが人間である。例えば、花を見て美しいと思っただけでは物足りなく、自分のものにしたいという欲が出て花を摘み採る。さらにこれで生活のたしにならないかとエスカレートする。そして知恵を絞ってお金を稼ぐ。又は権力を握り指導者となって支配する。このように人間の心は一つ一つ新たな知恵を絞って生きる道を開発する。そこで現れるのが心の次元である。人間は誰でも自分の心に限界があるものだ。その限界を越えた話とか、自分が分かっている部分から外れた理論等があっても、それをすぐ受け人れることは出来ないようだ。そのものを納得するにはそこまでの次元が必要である。つまり時間と経験が必要になるのだ。経験には心理的なものと、体験的なものと二つのものがある。心理的な経験は、勉強、読書、伝記、歴史、推理、研究等によってなり、体験的経験は直接そのものにたちさわり、小さな経験から大きいものを想像し、大きいものから体験して小さいものを納得する。何れにしても一つのものの思考から他の思考に移るにはそれぞれの納得が必要だ。そのものを納得する迄の段階を心の次元という。体の次元と心の次元は大きな隔たりがあり、その次元の差によって動物的人間と価値ある人間に分れるのである。まず人間を見る時は、動物的次元からどの位離れているかを見ることであ。

著 力 抜 山